Yepをオープンしてから、気づけば3年半が経ちました。
いつも来てくれるみなさま、本当にありがとうございます☺️
節目というわけでもないんですが、ふと「Yepができたきっかけって、ちゃんと話したことあんまりなかったな」と思いまして。
今日はその話をしようと思います。
少しだけ長くなりますが、お付き合いください🙏
がむしゃらに働いてきた話
社会人になってから、ずっと組織の中でがむしゃらに働いてきました。
ステップアップできるように何度か転職もして、どの職場でも結果を出すことにこだわってきた。
仕事はアニメやゲームのIPライセンス管理。
特にブランディングと戦略設計が得意分野で、誰もが知っているような作品の海外展開を担当していました。
30歳を目前にしたころには、業界でそれなりに名前も知られるようになって、社内だけじゃなく社外から、海外の企業からも評価してもらえるようになりました。
そんなある日、突然のヘッドハンティング。
急な役職。
そこでも成果を出して、半年で役員入り。
全てが順調でした。
突然の電話
そんなとき、父が倒れたと連絡がありました。
そこからわずか2週間で、父は亡くなりました。
母と父は幼馴染でした。
母の初恋の相手が、父。
父が定年退職したあとの、ふたりで一緒に過ごす日々をずっと楽しみにしていた母。
それが突然、ないものになってしまった。
母は深く落ち込んで、鬱を発病し、塞ぎ込んだ日々を送るようになりました。
そこから、まるまる1年。
大変な日々でしたが、僕は母にひとつの想いを伝え続けました。
「手に入れられないものを嘆くより、何ができるか、楽しみを見つけて生きてほしい」
「クレープ屋さんなんかできたら楽しいかも」
そんなある日、母がふとつぶやきました。
「私、クレープ好きなんだよね。クレープ屋さんなんかできたら楽しいかも」
長く落ち込んでいた母から、久しぶりに出た前向きな言葉でした。
とても嬉しかった。
僕はすぐに返事をしました。
「やってみよう!」
実際にやる方向で考え始めると、決めることがたくさん出てきます。
店舗を借りれば、家賃を払い続けないといけない。
母はもう60歳を過ぎていたので、「働きたいときに働く」ができる形にしたい。
それなら店舗より、キッチンカーがいい🚚
母が少しずつ前向きになっていくのが、何より嬉しかった。
すぐに車両を購入して、キッチンカー用の改造に出して、完成した車を母にプレゼントしました🎁
60歳の開業
そこからしばらくは、出店できる場所を一緒に探したり、僕が休みの土日には母の手伝いをしたりする日々。
母はどんどん元気になっていきました。
「今週はこんなお客さんがいて、こんなお話したよ」
「先月来てくれたお客さんが、また来てくれたよ」
そんなことを嬉しそうに話すようになったんです☺️
そして気づけば、僕自身もキッチンカーを手伝う週末が楽しみになっていました。
生まれて初めての接客の仕事。
これが、想像していたよりずっと楽しかったんですよね🍫
38歳の迷いと、母の一言
そんな中、世の中はコロナの事態に。
キッチンカーはあまり規制を受けずに営業できました。
週末に手伝いを続けているうちに、僕の中にある想いが芽生えてきます。
「自分の店を持ちたい」
とはいえ、そのとき僕は38歳。
今さら何かを始めるには、年齢的にもう若くないよなあ、、、なんてことを考えていました😅
それをなんとなく、世間話みたいに母に話したんです。
返ってきたのは、この一言でした。
「私は60歳で始めたわよ?楽しいよ」
ハッとしました。
やりたいこと、やってみたいこと。
何かを始めるのに「遅すぎる」なんてことは、ないのかもしれない。
もちろん設定する目標にもよるけど、目標設定さえ間違わなければ、遅すぎるなんてことはないのかも。
やってみよう。
そう思ってからは、不思議と道筋がひらけていきました。
相棒・だいち
そのころ仲良くしてくれていた友人のだいちに、この話をしました。
だいちは応援してくれました。
ちょうどそのころ、だいちは引っ越しを予定していて、当時お互いに住んでいた小田急線の沿線から離れるとのこと。
思い切って「手伝ってくれないか」と頼み込みました。
そして、だいちの協力を勝ち取ります✨
いま「相棒のだいち」としてYepに立っているのは、みなさんご存知の通りです。
新宿三丁目の物件、争奪戦
コロナが終息し始めると、国からの給付が終わったこともあって、一気にテナントが空き始めました。
そんな中で、滅多に空かないと聞いていた新宿三丁目の店舗が空いたことを知ります。
ただ、応募者多数😱
不動産屋さんの意向で「応募各社にプレゼンしてもらってから決めたい」とのこと。
ここで、社会人経験が活きました。
資料作成は散々やってきたので、自信がありました。
だいちに話を持ちかけたら、「プレゼン自体は昼の仕事で散々やってきたから、できるよ」と!
だいちと打ち合わせを重ねて、プレゼンしやすい構成で資料を完成させて、いざ本番へ。
勝利!!!🎉
そして契約。物件確保です👏
お店づくり
そこからはロールアウトを作って、店舗づくりに向けてやるべきことを洗い出して、予算を組んで。
ボロボロの居抜きだったので、スケルトン工事から始める必要がありました💦
解体業者、内装デザイン・施工業者を選定して、ひとつずつ進めていきました。
内装デザインは、ほぼ全てだいちに任せてしまって、打ち合わせもほとんどだいちに行ってもらっていました。
だいちはきっと、すごく大変だったと思う。
かわいいお店にしてくれてありがとう。
感謝してます☺️
「Yep」という名前
店名の「Yep」は、だいちが決めました。
「はい」というYesを、もっとフランクに。仲の良い友達に返事するときみたいに。
スタッフもお客様も、仲の良い関係になれるお店でありますように。
そんな想いが込められています。
そうして2022年12月、Yep.Tokyoはクレープメニューが豊富なカフェとしてオープンしました🎉
2023年2月からは、夜はゲイバーとしての営業もスタート🌙
いま、みなさんに会えているのはこの流れがあったからです。
おわりに
母のキッチンカーは、今もマイペースに、楽しそうに続いています☺️
この3年半を振り返って思うのは、こういうことです。
何かを本気でやろうと決断すると、急に道は開けてくる。
でもそれはたぶん、なかった道が現れるんじゃなくて。
見ていなかっただけの道が、決断したことで見えるようになるんじゃないかな、と。
人との縁も、物事のタイミングも。
全てが適切に揃って、一人では到底できないことができるようになる。
「遅すぎることはない」というきっかけをくれた母にも。
大いなるチカラを貸してくれた(そして今も貸してくれている)だいちにも。
タイミングという、自分ではコントロールできない「運」にも。
そして今来てくださっているお客様にも、今のYepの日々を作ってくれているスタッフのみんなにも。
感謝しています🙏
次は何をしようかな、なんて言うとだいちにまた怒られてしまいそうですが笑
何を始めるにも、遅すぎるなんてことはきっとない。
そう思うと、ちょっと先の自分の未来が、もう少し楽しみになったりしませんか?
それでは、また店で🍫


